1111 ゆめゆめいつみる、うつつうつらに
復帰
おでかけの記録
とぼけのてふ
バルビレッジ
10月末のハロウィンの頃にリヴリーに復帰したりと、そこそこ元気になったかしら?と思ってましたが、生理で一週間ほど振り出しに戻るの状態でした。
以前リヴリーで知り合った鬱を患ってる方に再会したら、「鬱病なのでは?」と心配いただいてしまったりもしましたが、あなたの方こそ心配です。私はそこそこ元気でいます。
その証拠に、数日前より今度はバルビレッジをはじめてみました。
さて、では雨の休日ですし、ホットカーペットの上でぬくぬくしながら文字を打つこととします。
11月3日土曜日。
マイミクのアンフィナさんと地元でお食事しつつ、ぶらぶらしました。
何しろお誘いのメールを送ったのが前日金曜の夜遅くだったので(いつもの発作的・突発的な行動)だったので、いくらなんでも今週は無理だろうなと土曜の朝はのんびりと庭の落ち葉を掃除していましたら、アンフィナさんから、今日OKですよとの電話が。
11時に某在来線の駅で待ち合わせし、まずは以前お話していた小さなインド雑貨のお店を覗いてみました。
そこで購入したのが蝶のモチーフの腕飾り。
デザインは甘いかと思うのですが、色味が深い青なのでさほど苦にならないかも?

写真下手で申し訳ないですが、こんな感じのです。
>腕を細く撮る方法は無いものか…
そのあとはすぐそばのベーカリーレストランでのんびりとお昼をいただきました。パンが焼きあがる度に持ってきてくれるので、ほんとに喉からはみ出そうになるくらいの満腹感が堪能できます。
>お水もがんがん飲むこととなります
混んでいたこともあり、二時間半くらいかけてゆっくりとお食事をして次はどこに行こうかと考え、ちょっと真面目な本がそろってる古本屋さんを案内することに。
この本屋さんは地下がすごいというか、巷の古本チェーン店ではお目にかかれないような和綴じの大正期刊行の冊子がダンボールに無造作につっこまれてたりと、マニアックなものが多いのでアンフィナさんもけっこう喜ばれていて何よりでした。
その後、最寄り駅まで送ってさよならしました。

写真は怒られて車の影で不貞寝する犬。
雨が上がったのか、明るくなって鳥の声も聞こえてきました。
自分ではあまり意識してないのですが、聞いてないふり・知らないふりがそこそこ上手らしく、営業さんに「とぼけのてふ」と言われています。
話を振られても「え、そうなんですか?」「はい?」「さあどうなんでしょうね、よくわからないです」と素知らぬ顔ですっとぼけてしまうのは仕様なので、どうしようもないのですが。ううむ。
そうそう、はじめに触れましたが、
バルビレッジなるものを始めてみました。仕草がとてもかわいらしいです。
飲み友達になるためのコミュニケーション(こんにちわ→カンパーイ→ウェーイ(喜)→ありがとん→じゃ、またねー)はすべて最初から用意されてるので、さくさく飲み友達が増えていきます。

ちなみに私のクマさんはこんな感じ。
自称アイドルなキャラなのでピンクいです。
フラッシュが大きいのでちょっと操作が繁雑なのですが、表示倍率を80%前後にすればだいじょぶそうですね。
腰がちょっとイタタタなので、今日はこの辺で。
ではでは。
1010 人一人の命の重さは、一人分でしかない
内視鏡検査
たかが皮一枚、されど皮一枚
下血自体はもうすっかり止まったのですが、親が心配するので急遽病院で診てもらうこととなりました。
>連休明けの火曜にフツーに仕事に行こうとしたら、ええーと言われました
まぁ痔なら笑い話にもなりますが、腸炎や最悪ポリープ系だと大真面目な話ですし。それに母ががんにも対応する保険かけてくれましたし。仕事早いネ!
甲状腺でお世話になっている古城の内科で直腸診され、内視鏡の上手な消化器系の先生を紹介され、病院をはしごすることに。
着替えてグリセリンで浣腸、出るもの出たらすぐに内視鏡検査へ。
最初の話ではS字結腸まで診れば大丈夫でしょう、とのことだったんですが折角だからとガンガン奥まで突っ込まれ、最終的に大腸の曲がり角のところまで入れられる羽目となりました。
結果は痔でもなし、ポリープでもなし、軽い腸炎だったのかな?で終りました。
次に下血したら即病院へ来るようにとのことです。大腸全体を調べるために前準備(痛み止めや、食事制限)をしてから内視鏡入れるそうです。
にしても、体の内側を褒められても、なんだか複雑な気分です。
今日も腸内の色がきれいだとか、毛細血管もはっきり見えるとか言われ。腱鞘炎の為にレントゲンを撮れば大変きれいな骨をしていると言われ。
でも、レントゲン写真越しに惚れる男性もいなければ、腸内画像でのお見合いもありませんものね…
やはり『たかが皮一枚、されど皮一枚』なのか。
でもこれでまた一つ羞じらうものがなくなったというか、怖いものがなくなったというか。
よい経験でした。
人一人の命の重さは一人分でしかない。
だから、殺人を犯したものは本来自分の命を以ってしか贖えない。ましてや二人以上を殺めた者に対して、賠う術など本来存在しない。
よって二人殺めたとしても自分一人の命で清算できるとするならば、それは法の優しさである。
なるほどなーと思わせられたとある書き込みの要旨です。